最終更新:ID:acEkMN6lFQ 2010年07月16日(金) 10:17:59履歴
- 435 愛しい、ひと[sage] 2010/07/06(火) 00:19:04 ID:SEJEglMN
「ねーどう思う!」
かつては、吉田千鶴という名であった女は、今は真田千鶴に名前が変わり、けれどその真っすぐな性格は何一つ変わることもなく、矢野あやねという親友を前に、夫婦の愚痴を赤裸々に語っているところだった。
「どう思うって言われても、ねぇ……」
あやねの、手入れの行き届いた指が、テーブル上のカップをさらうのを、千鶴はじとっとした目で追った。
「冷たい!やのちん冷たいよ!」
「……だって、のろけ聞いてるようにしか思えないんだけど」
ハーブの香りを楽しみながら、あやねはカップの中身を一口含み、その後でふぅとため息をつく。
「どこがだよー!あたし本当に悩んでるのにー!」
「あんたねー……今まで毎日してて?最近龍が忙しくて?抱きしめられて眠るだけの毎日で?」
これをのろけと言わずに何と言うの、とあやねに続けられ、千鶴は言葉を詰まらせた。
「だっだけど!」
「ちづ」
「……な、なに」
千鶴はテーブルを越えて迫り来るあやねにたじろぎ、すらりとした指にあごをとらえられれば、冷や汗すら流れ落ちる。
「体が切ないならね、自分でしちゃえばいーのよ」
あやねは、千鶴のあごをくいっと持ち上げ、そのままするりと指を外す。
「じゃ、ごちそーさま。あたしも暇じゃないからさ、もー行くわ」
呆然とする千鶴を置いて、ひらひらと手を振ったあやねは場を後にする。
喫茶店に残された千鶴はしばらくすると、あやねの言った意味を理解して、もはや隠せないほどに顔を赤くしたのだった――……
- 436 愛しい、ひと[sage] 2010/07/06(火) 00:20:24 ID:SEJEglMN
千鶴が冷たいベッドに潜り込む時間になっても、龍はまだ帰宅しなかった。
最近ではそれが常で、一人で食べるご飯も何だか味気ない。
そうなる前までは、確かに毎日といって言いほど情事に耽っていた。
自分を求める大きな手が恋しくて、感触すら思い出せるというのに、だけどすぐに掴むことも出来なくて、千鶴は体に巻き付けた布団をぎゅっと握った。
『……千鶴』
耳元で囁かれた自分の名前がリフレインする。
呼んでも、彼の人はそこにいない。それがわかっているからこそ、千鶴の胸は締め付けられて、切ない。
『自分でしちゃえばいーのよ』
ふと、昼間のあやねの言葉がよみがえって、心臓がどきりと鳴った。
だけどそんなのしたことない、と、千鶴はごろんと寝返りを打つ。
『…………千鶴』
目の前には壁しか見えない一人きりの部屋。けれど、ありすぎる思い出が、千鶴の頭に鮮明に映る。
どきんどきんとうるさい心臓に、千鶴はそうっと手を伸ばした――
「……んっ」
龍にいつもどうされていたかなんて、千鶴自身がよく覚えている。
自分への愛撫を繰り返すと、居ないはずの龍の声さえ聞こえる気がする。
『千鶴、気持ちいい?』
「は……っ、ばかっ……」
『千鶴、こっちは?』
「……うぅんっ、んっ、んぁ……っ」
『……千鶴、入れていい?』
「…………っ」
つぷ、と中指を差し込んでみると、中は既に大洪水で、千鶴の細い指で満足出来ようはずもない。
「ん、これ、くらい……?」
指を、二本、三本と増やしてみて、千鶴は大きく体を震わせた。
- 437 愛しい、ひと[sage] 2010/07/06(火) 00:22:00 ID:SEJEglMN
「はっ……あぁ……」
『千鶴……っ』
「あ、あっ、りゅうっ、りゅう……!」
気分も最高潮に、ごろんと寝返ると…………目を見開いて千鶴を見下ろす龍と目が合った。
「…………やっ!」
かあっと顔が熱くなる。
局部から指を引き抜いて、慌てて拭ってみても、もう遅い。
「何してんの」
「ちがっこれは」
違う、なんて言ってみても、何が違うと言うのだろうか。
ふーっ、と息を吐く龍に、千鶴はびくっと肩を揺らした。
「いつも、してたの?」
「……はっ、はじめて……」
消えてなくなりたい、と千鶴は思うけれど、そうは行かない。
自分が姿勢を正した横に、龍がどさりと座ったからだ。
「……き、嫌わ……ないで……」
千鶴の目から、ほろりと涙が零れて、ひとつふたつと滴になる。
「あ?……あー……いや、だから」
「龍がっ、いなくて、いつもいなくて、さみしくて、そしたらやのちんが」
誰かのせいにしたいわけではないのに、千鶴の口からは言い訳めいた言葉が紡がれる。
そんな自分にも嫌気がさして、千鶴はますます縮こまった。
「……千鶴」
「え」
名前を呼ばれた一瞬後には龍に組み敷かれていて、千鶴はわけもわからず龍を見上げる。
「いいよな?」
なにが、という言葉が出る前に、千鶴の口は龍のそれに塞がれて、何も考えられないほどに激しく咥内を這い廻る舌に、燻っていた千鶴の熱が再燃しはじめた。
「んっむ、りゅ……」
千鶴の方からも舌を絡めてみれば、じゅわりと泉がわくのを感じる。
- 438 愛しい、ひと[sage] 2010/07/06(火) 00:24:18 ID:SEJEglMN
千鶴が欲しかった龍の手が、体中に触れる。
幸せ過ぎて零れた涙すら、惜しむように舐め取られて、わけもわからないままに、千鶴は何度も絶頂に達した。
結局、何度繰り返したかもわからないほどに貪られて、千鶴はくたんと体を龍に預けるほかなかった。
厚く大きな胸板にもたれかかると、足りなかった何かが満たされる。
「……龍…………」
ああ、居場所はここなんだ、と、千鶴は確信に近いものを感じて、満足げに息をひとつ漏らす。
「千鶴、すきだよ」
頭上から聞こえた囁きに、重い頭を持ち上げると、龍はすでに規則的な寝息を立てていた。
くすっと笑ってそっと口づけると、千鶴は『居場所』におさまって、近くまで来ていた眠気を手繰り寄せた――
「そういえば、昨日はちょっとだけ早かったんだね」
目覚めて、慌ててシャワーを浴びに行った龍に朝食を用意する。
まだあくびのおさまらない様子で戻ってきた龍にそう言うと、「まぁな」とそっけなく返される。
「……珍しいもんが見れたから、早く切り上げてきて良かった」
と呟かれては、昨日の自分の失態から激しい情事までの一連を思い出し、千鶴はぼっと顔を染めるしかない。
「ちょっ!」
慌てて龍に目をやる千鶴には、優しい微笑みが向けられていて、千鶴は言葉を失って立ち尽くした。
「じゃ、行ってくる」
玄関先で龍を見送ると、千鶴の耳元で昨夜の最後の一言がもう一度囁かれる。
閉まる扉を確認してから千鶴はぼそっと呟いた。
「あたしもだよ。ばーか……」
おわり
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