- 671 >>654 返事[sage] 2009/01/10(土) 02:27:28 ID:HkcU5t0c
やっと言えた。
どれくらい待てば返事がくるかな。
そもそも“返事”はくるのか?
明日、はないな。
一週間、は微妙。
一ヶ月、はさすがにないだろ。
怒ってそうだし、嫌われたか?………寝よ。
階段を下りると、開店準備に追われる親父の背中が見えた。
「ふわっ……おはよ」
「おう!!龍っ、寝ぼけてないで頑張ってこいよ!」
「ん」
ガラッ
元気な声に見送られて、いつも通りの学生服で、いつも通りの通学路を歩き、いつも通りの日常へと溶け込む。
残暑が厳しくて、朝日さえじりじりと地面に照りつける。早朝練習のために時間はまだ早く、他の生徒たちの姿はなかった。
“いつも通り”な筈なのに全部が違うように見えるのは、俺が変わったからか?
想いを言葉にしただけなのに、こんなにも違うものかと少し驚く。終わったとはいえ兄貴のこともあって、気付かないうちにモヤモヤと溜め込んでいたのかもしれない。
―――言えて、よかった。心底そう思う。
千鶴がどんな答えを出しても、受け止められそうだ。断られたとして、諦めるわけじゃないけど。
見慣れた校舎が木々の合間から覗く。歩き続けると、砂利を踏む音が静かに校庭に響いて、肌に纏わりついていた汗が一筋流れ落ちた。
- 672 返事[sage] 2009/01/10(土) 02:28:32 ID:HkcU5t0c
- 先週の金曜に千鶴に想いを一方的に告げてから、千鶴の反応は期待通りというか、予想通りというか。土日を挟んで一週間がたった。
月曜、まったく目も合わさず会話もなかった。矢野と黒…黒……“ブラック”は何だか嬉しそうだった。“ブラック”には言ったことあるし、矢野には色々と気付かれてたんだろう。
火曜、月曜と同じ。千鶴の背ばかりが視界に入る。
水曜、月曜と同じ。次の授業が移動教室のとき、寝てた俺の机を蹴って起こしてくれたらしい。目が合わないのは同じだったけど、嫌われたわけではないみたい。
木曜、喧嘩かと心配してくれ翔太に、あの日のことを言う。驚いてた。千鶴のでっかいクシャミが校舎内で思いっきり響くのを、階を一つ挟んだ階段の踊り場で聞いた。少し笑った。
金曜日の今日。
「学校終わったら、龍んちの近くの公園に来な。話あるから」
帰り支度を始めるザワついた教室の中でも、千鶴の声ははっきりと聞き取れた。
「今日は部活ないから。…一緒に行くか?」
「それじゃあっ待ち合わせのっ」
不服そうになにか言いたげだった千鶴が、風船のように萎んでいく。パッと背を向けられると、分かった、とボソボソ言うのが聞こえた。
- 673 返事[sage] 2009/01/10(土) 02:29:30 ID:HkcU5t0c
- 自分の家へ向かうのと同じ帰り道。川沿いに差し掛かると、川原は見渡す限り、焼け野原のように真っ赤に太陽に照らされていた。沈み始めた太陽の色はどこまでも続く。
ここまで二人とも無言のままだ。並ぶような、千鶴に連れ立たれるような、微妙な前後のズレを思わせながらここまで歩いてきた。
この少しのズレや距離に、意味はあるのだろうか。
「龍」
不意に千鶴が振り返った。
目的地の公園まではまだある。話しかけてくるとは思ってなかったので返事が遅れる。
「なに?」
久しぶりにゆっくりと正面から顔が見れて、たったそんな事で安心したのは俺だけだろう。
「この前のこと、……本気で言ってんの?」
「俺があんな冗談、言ったことある?」
確かにあの告白は勢いで言ってしまった所もある。それは否定できない。でも、ずっと抑えて想ってきたことだから。俺の本心。
それを疑われて、俺は少しムッとなる。つい意地悪な返しをしてしまった。
「ぅっ、それは…」
「ないだろ?」
「うん…」
水面や木々と同じように、俯く千鶴の顔も燃えてる。同じ色なのに違う。特別にきれいだと思った。
- 674 返事[sage] 2009/01/10(土) 02:30:29 ID:HkcU5t0c
- 「あれからあたし、ずっと、ずーーっと考えてた」
「うん」
「正直、びっっっくりした。急だし、いきなりだし、…きっ、きっ、きっ…」
「うん」
「…キスなんかするし」
「ずっとしたかったから。したこと、悪いとは思ってない」
千鶴の顔が引き攣ってる。
「けど驚かせたことは、ごめん」
さっきからクルクルと変わる表情が百面相みたいで笑いそうになるけど、今笑うと飛び掛ってきそうだからやめとこう。
「今は!あたしが喋ってんの!!龍は黙って聞いてろ!」
「…」
「返事っ!」
黙ってろって言ったのに。
「はい」
「龍が知らない奴みたいでちょっと怖かった!頭ん中がぐるぐるで苦しかった!それなのに、龍は嬉しそうで…なんか腹立ってきて」
「うん」
「でも、その日から龍は話しかけてもこないし、家にも来なくて…」
「“待とう”って決めたから。千鶴をそんな風に悩ませて混乱させた張本人の俺が、のこのこ自分から話せる訳ない」
「っ」
「………もしかして“寂しかった”とか?」
「そ、そんなじゃねえっ!!!」
半分本気、半分冗談だったのが当たったみたい。
「てか寂しかったのは龍の方だろ!あたしと喋れなくってさっ!」
フフン、と鼻を鳴らす千鶴。相変わらず照れ隠しが解りやすすぎる。
「うん、寂しかった。すごい逢いたかった」
臆面もなくすらすら言えたこの口を褒めてやりたい。もう伝えたい気持ちを押し込めるのは、あの日でやめにしたんだから。
「あい!?あ、あ、あ、逢いたかった、って毎日学校で逢ってたじゃん!」
「目も合わないのは逢ったとは言えない」
「そっ、…か…」
- 675 返事 [sage] 2009/01/10(土) 02:31:57 ID:HkcU5t0c
- 千鶴は妙に納得して、考え込むように視線を地面に落とした。長い沈黙が包む。
「……一個だけ。一個だけだけど、馬鹿なあたしにでも分かることがあったんだ」
「うん」
力を籠めた握りこぶしに千鶴の肩が少し上がる。自然と俺も体が強張る。
欲しくて欲しくて、堪らなかった答えが迫る。
「これからも、どんな関係になっても、ずっと龍と一緒にいるのは変わらない」
お互いの視線が一本の線で繋がる。
「どんな関係になっても、だ!…龍だってそう思うだろ?」
ズカズカと小石でも蹴飛ばすかのように千鶴がズレを埋める。距離は近くなって目の前に千鶴がいた。
ぎゅうぅっ
音が聞こえてきそうなぐらいに強く手を握られる。
「すきだ……すきだっ!」
近くで見る千鶴は額から足先まで、夕陽に負けないくらい真っ赤に色付いていた。
自分の目も耳も、頭でさえも、信じられなくなる。意識がふわふわ宙に浮く感覚を千鶴の掌だけが繋ぎ止めてくれている。
その小さな確かな感覚に縋りたくて、気付いたら俺は抱き竦めていた。俺の半径30センチの輪の中に、すっぽりと納まる千鶴がいる。
「本当に、それ、俺のこと…」
俺は今どんな顔をしてるんだろう。感じたことのない感覚に胸が痞えて、声が震えた。…情けね。
「龍以外に誰がいんだよ!!」
屈託のない顔で千鶴が笑って、俺もつられる。
「千鶴」
呼ぶと同時に、火照った頬を一撫でして、逃げられないように千鶴の後頭部を引く。
触れるだけのキスをした。
「…へへっ。照れんね、これ」
今までだって、これからだって、この笑顔に振り回されるのは目に見えている。でも惚れた俺が負けるのだからしょうがない。
手を繋いだままの二人で、行こう。すっかり夜に包まれた川原を並んで帰る。
【おしまい】
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